Hand Drum Workshop&Seminnar presented by Hand Drum Masters

■メソポタミア文明

■メソポタミアの古代文明   メソポタミアというのはギリシア語で「川(複数)のあいだ」という意味です  今から数万年前に、この地に人間が住みつき、最初の農耕文明がはじまりました  ウバイドではかなり進んだ石器や装飾品、土製人形などが見つかっていますが  この先住民たちの文化は、何らかの形で次にやって来たシュメール人たちに受け継がれたようです   メソポタミアで、文明といえるものをつくり出した最初の人たちはシュメール人です  この人たちは海を渡って来たとか、山国からやって来たといわれていますが  今のところよくわかりません   シュメール人は世界で最初の文字であるくさび形文字をつくり出し  シュメール語の文書を残してくれました  シュメール遺跡で見つかった多くのシュメール彫像などを見ると、東洋系のようにも思われます  男女とも背は低めで、丸顔が多く、男性はしばしば頭髪をそっており  あまり毛深くないのが特徴です  男女とも羊毛の衣服に鳥の羽でつくったスカートをつけ  身分の高い人たちは金やラピスラズリ(アフガニスタン地方でとれる紺青色の貴石)などの  装飾品をつけたりしました   このシュメール人はメソポタミアの二つの川の下流地方に最初の都市国家を建てた人たちです  ウル、ウルク、エリドゥ、ラガシュ、ギルス、アダブ、シュルッパク、ニップルなどがそれで  これらの中心に神殿、周囲に城壁がたてられ  大抵はそこからティグリス川かユーフラテス川にまで道路がつけられ  川岸にはカールと呼ばれる船着き場があって、舟が交通手段として用いられていました   都市国家では中心にある神殿が政治や経済のセンターであり  王や神官が職業や農業の仕事についている市民を支配しており  しばしば近隣の都市国家や外来の遊牧民と戦いました  侵略や戦争が、飢えや困窮から起こったことはあまりありなく  大抵の場合、権力欲や支配欲を満たすためだけに行なわれていたようです   また神殿では、ごく古い時代から伝えられた神々が崇拝され  いろいろな儀式が行なわれました  神殿の中心部はしばしばジッグラトと呼ばれる何層もの階段状の塔の形をしており  シュメール語ではエル・テメン・アン・キ「天と地の基礎の建物」と呼ばれましたが  のちにバビロンのものが有名になり  「バベルの塔」として旧約聖書・創世記第五章に伝えられました   シュメール人たちは南メソポタミアに最初の都市国家をつくり  数世紀たった頃に、こんどは別の民族がこの地に侵入して来て  大部分を征服してしまいました  この人たちはセム語族(今日のアラビア語、ヘブライ語、古代のフェキニア語・アラム語  およびアッカド語などを含むセム語を話す人たち)に属していますが  メソポタミアに侵入したのはこの中でアッカド語(アッシリア・バビロニア語)を  話す人たちでしたから、ここではアッカド人と呼ぶことにします   アッカド人はシュメール人の都市国家のいくつかを滅ぼし  紀元前2500年頃にアッカド(旧約聖書のアガデ)を首都とするアッカド王朝をたてました  ほぼ500年続いたこの期間に、アッカド人はシュメールの文化  (くさび形文字、神々の体系、都市国家のいろいろな制度)などを取り入れました  紀元前2000年頃に、アッカド王朝人は南のバビロニアと北のアッシリアに分かれ  それぞれバビロンとニネヴェを首都として、大きな帝国に発展しました  後にバビロニアはアッシリアに征服され、紀元前625〜538年間に新バビロニア王朝として  短期間再びバビロンは栄えますが  これも東方からやってきたペルシア人によって滅ぼされました  アッシリアも一時は地中海沿岸地方まで征服し、大帝国を築きましたが  これも紀元前606年にペルシア人によって滅ぼされ、ニネヴェは廃墟となりました   ヒッタイト人はティグリス川とユーフラテス川の水源地域にあたる小アジアに住み  一時はシリア地方にまで勢力をのばしていました  ヒッタイト人は黒海の北方からやって来たともいわれますが  言語上はインド・ヨーロッパ語族(今日の英語やその他の大半のヨーロッパ語  ギリシア語・ラテン語・サンスクリット語などを含みます)に属しており  シュメール人やアッカド人とはこの点でも大きく異なっています  ヒッタイト人は今日のトルコ中央部ボアズケイ村にあたるところに  ハットゥーシャという名の首都をたて、このあたりに産出する鉄で武器をつくり  大勢力となって一時はエジプト人と勢力を争い  シリアのカデシュの戦いではエジプト人を打ち破りました  ヒッタイト人もシュメール伝来の粘土板とくさび形文字を学び  これによって多くの歴史や法典、そして神話文学を残しました ■粘土とくさび形文字   メソポタミアの大部分は二つの大河がもたらす粘土でおおわれた平原で  一見したところ何もないところですが、シュメール人はここで二つの大発明をしました   その一つは粘土でつくる煉瓦で、これは強い日光で乾燥させただけでも  かなり耐久力のある建築材料となりました  火で焼いたものは半永久的にもつものとなり、建造物の表面などに使用されています  日乾し煉瓦はメソポタミアから古代エジプトにも伝えられ、ここではトゥーベと呼ばれていました  これが後にアラブ人によってアットゥーブと呼ばれて使用され  イベリア半島から中南米にまで伝わり、アドベと呼ばれる日乾し煉瓦になりました   第二の発明は粘土板で、シュメール語でドゥブ、アッカド語でトゥップと呼ばれ  これに文字が書かれて今日の本の役割を果たしました  くさび形文字は、先をとがらせた葦の茎をやわらかい粘土に押し付けて  品物や人間などの形を付け、計算や記録に用いたものが、後に簡略な図形になり  さらに簡略化されて生じたといわれています  紀元前3000年かもう少し古い頃に作り出されたくさび形文字は、ほぼ三千年間使われ  西暦紀元前後の頃に使われなくなり、たちまち忘れ去られてしまいました  そして十九世紀半ばに初めて解読され  研究も進み多くの粘土板の内容が明らかになってきました   そのほかに人々は粘土から家を作り、最初の土器類…つまり皿や杯、壺や瓶も作りました  シュメール人にとって、粘土は長い間唯一の材料でした  また粘土板の神話には、人間が土の中から萌え出てきたとしている話や  すべてのものが粘土に戻ってしまう話などがしばしば見出されています  (聖書の中でも最初の人間アダムは土(アダマ)から創られています)  シュメール人は、人間は土から創られたという考えを持っていたのかもしれません ■メソポタミアの神々   シュメール人たちはメソポタミアに世界で最初の都市をつくりましたが  それらの都市は中心に神殿、その周辺に住居地、そしてまわりに周壁が設けられていました  この神殿では、天体神を中心とする神々が祭られ、数百にのぼる大小の神々が崇拝されていました  このシュメールの神々は数世紀のち、この地に入ったアッカド人によって  ほぼそのまま取り入れられ、しばしば同じ神をアッカド語で読みかえで崇拝されました  この多神教は周辺世界にも影響を及ぼしましたので  ヒッタイトの文書にも、これらの主神たちが登場することがあります   シュメールの神話では、まず天の父神アンと地の母神キがいて  天と地からエンリル(本来は風・嵐の神、のちにアンを助ける地神として有力になります)が  生まれたことになっています  エンリルはのちにニップル市の守護神となり  さらに最高神としてセム人にベール(「主」の意)と呼ばれて崇拝されますが  のちにはバビロニアの主神マルドゥークにとって代わられました  エンリル神からは月神ナンナル、太陽神ウトゥが生まれました  (シュメールではこのように、月神が太陽神より上位にあります。   また、この月神はしばしばナンナと呼ばれました)  また月神ナンナルからは、金星神イナンナ(愛の女神)が生まれました   この他の大神としては、南メソポタミアの海岸にあった都市エリドゥで崇拝されたエンキ  (エアとも呼ばれ、あるいは別の神が同一視されたものです)がいますが  これは水神であるとともに、知恵の神として「大洪水説話」にも登場します  これらの大神たちは、天上でしばしば集まりましたが、その集団がアヌンナキと呼ばれ  ここでは世界や人間の運命が決められました   このシュメールの大神たちは、ほぼそのままアッカド人のもと伝えられ  ある神々はセム語で呼ばれるようになりました  ただし天神アンはほとんどそのままアヌと呼ばれています  エンリルは前述のように、普通名詞のベールと呼ばれていましたが  月神ナンナはシン、太陽神ウトゥはアッカド語普通名詞で太陽を意味するシャマシュ  金星神イナンナはイシュタルとなりました   シュメール名が少しなまってセム人のもとで使われるようになった神に  イシュタル神話に出てくるタンムーズがいます  これは地母神(大地を母神とみたてたもの。豊穣の母神、大母神などとも呼ばれています)の子 (時に夫あるいは兄弟)である植物神で  シュメール語ではドゥム・ジ・アブノズ(「水(エア)の真の子供」の意)と呼ばれていましたが  このドゥムジがなまってタンムーズとなりました  この神はシリア・フェニキア地方でしばしばアドニ(「わが主」の意)と呼ばれたので  ギリシア神話に入って、アフロディテとデメテルのニ女神に愛されたアドニスとなっています  (美青年アドニスは、のちに猪に殺されてその血からアネモネの花が咲いたといわれています   またアフロディテはメソポタミアの女神イシュタルとつながりをもつと考えられます)  この他の神々としては、シュメール系のものにエンリルの子で戦いの神のニンギルス  (アッカドではニヌルタとも呼ばれます)  病気や戦争をもたらす神ネルガル(アッカドではエルラガルとも呼ばれます)  月神ナンナルの妻で「大なる婦人」を意味するニンガルらがおり  またもともとセム人のもとで崇拝されていた神に嵐神アダド  (これはシリア地方をふるさととするらしく、ヒッタイト神話にも現れます)  予言や文字の神ナブー、アッシリアの名に残っているアッシュールなどの神々がいました   メソポタミアでは、総計数百にものぼるこれらの神は、厚く信仰され  いろいろな祭式が行なわれていました
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