Hand Drum Workshop&Seminnar presented by Hand Drum Masters
■イシュタル・タンムーズの神話(イシュタルの冥界下り/アッカド)
この物語はシュメール版「イナンナの冥界下り」を起源とし、かなり広範囲に知られ
全世界的な豊穣の女神の信仰、そして植物の年ごとの再生という神話と関係を持っています
女神イシュタルはシュメールのイナンナの系譜をひき、後にフェキニアのアスタルテ
それからたぶんギリシアのアフロディーテー、ローマのウェヌスになる愛と美の女神ですが
元来は豊穣の女神であり、大地母神の血をひくものです
月神シンの娘イシュタルは、姉の女王エレシュキガルが支配する冥界へ下る決心をしました
冥界では、<暗黒の家>、<入るものは出ることのない家>、<住む者は光を奪われる家>
と呼ばれており、そこへ行く道は<歩みゆく者は戻ることのない道>と記されています
死者はそこでは、鳥のように翼のついた衣服を着て、
ほこりと粘土を食べ、光のない暗闇の中で住んでいます
女神イシュタルは冥界の門に近づき、門番に言いました
「門番よ、門を開きなさい
もし私を入れてくれないならば、戸を打ち破り、かんぬきを打ち壊します
死者を立ち上がらせ、生者より死者が増えるようにしてやります」
門番は怖れをなし、冥界の女王エレシュキガルに伝えました
エレシュキガルの顔は青ざめ、苦々しそうに言うには
「何のために彼女はここへやって来るのだろうか
冥界に下った誰かのためにやって来るのだろうか…
門番よ、行って彼女のために門を開きなさい
古いしきたりに従って、彼女を迎えなさい」
門番は冥界の入口へ戻り
「お入りください、女神さま。冥界はあなたさまを歓迎するでしょう」
イシュタルが第一の門に入ると、門番は女神の大王冠を持ち去りました
「門番よ、なぜ私の大王冠を持ち去るのですが」
「女神さま、これが冥界の掟なのです」
イシュタルが第二の門に入ると、門番は女神の耳飾りを持ち去りました
「門番よ、なぜ私の耳飾りを持ち去るのですが」
「女神さま、これが冥界の掟なのです」
そして第三の門では女神の首飾りが、第四の門では胸飾りが
第五の門では腰帯が、第六の門では腕環と足環が持ち去られました
そしてイシュタルが第七の門に入ると、門番は女神の腰布を持ち去りました
「門番よ、なぜ私の腰布を持ち去るのですが」
「女神さま、これが冥界の掟なのです」
こうしてイシュタルは素裸にされて冥界の宮殿に到着しました
エレシュキガルは気難しい顔をして王座に座っていましたが、妹の女神が近づいて来るのを見て
腹を立てて侍従のナムタルを呼びつけました
「ナムタルよ、女神イシュタルを宮殿の奥に閉じ込め、恐ろしい六十の悪霊を襲わせなさい
彼女の目が、腹が、足が、心臓が、頭が、あらゆる所が病気になるように」
女神イシュタルが冥界で病気になると
地上の世界では牡牛は牝牛に挑みかからず、牡ロバは牝ロバをはらませず
街では男が娘をはらますこともなく、男は自分の部屋に横たわり、娘はひとりで眠りました
神々の侍従であるパプスッカルは、地上界がすっかり活気を失い
神々への捧げ物も少なくなり、人間たちの奉仕が中止されてしまったことに困惑し
月神シンにこのことを訴えました
神々の集まりであるアヌンナキでも相談をし
知恵の神エアにイシュタルを助けることを頼みました
エアは心のうちに姿を思い浮かべて、使者アスシュナミルを創りだしました
「アスシュナミルよ、冥界へ出かけなさい
冥界の七つの門は、おまえが行くと開かれることになっている
冥界の女王エレシュキガルは、おまえが近づくと喜ぶだろう
それから彼女に、大神たちの名を呼んで呪文をかけなさい
そうすれば彼女の気持ちは静まり、穏やかになるだろう
それから、彼女のそばに置いてあるスハルジク(命の水を入れてある袋)を指して
その中の水が飲みたいと言いなさい
彼女はそれを断るかもしれないが、なんとか口実をもうけてそれを受け取り
死にかけている女神イシュタルにそれを注げば、女神は生き返るだろう」
そこでアスシュナミルは、冥界に向けて出発し
七つの門を通って女王エレシュキガルのもとに行きました
女王は知恵の神エアの使者の訪問を喜びましたが
スハルジクの水を飲ませて欲しいと聴くと怒り出しました
「おまえは言うべきでないことを口にするのだね
私はおまえに、大きな呪いをかけてやろう
おまえはこれから、どぶの中に住み、人々のあなどりを受けるのです」
しかしアスシュナミルは、エアから授けられた計略を用いたので
エレシュキガルはイシュタルを助ける気になりました
エレシュキガルがナムタルに向かって言うには
「ナムタルよ、エガルギナ(裁判の間)を飾り立てて、大神たちを黄金の王座にお連れしなさい」
これは、神々の裁判をもう一度やり直し
イシュタルの有罪判決を取り消すためだったのかもしれません
そしてスハルジクに入っている命の水をイシュタルにふりかけ、地上に帰してやりました
第一の門を通らせてから、ナムタルは女神に腰布を返しました
第二の門を通らせてから、ナムタルは女神に腕輪と足環を返しました
第三の門では腰帯を、第四の門では胸飾りを、第五の門では首飾りを、第六の門では耳飾りを
そして第七の門を通らせてから、ナムタルは女神に大王冠を返しました
以上でアッカド版のこの神話の本文は終りです
このあとに本文に関係のないつけたしがが続いていますが
その中にイシュタルの「若い時の恋人」、「ただひとりの兄弟」としてタンムーズの名が出てきています
またタンムーズ神に対して敬意を表すべき文章、文末に決まり文句的表現が見られることなどから
「冥界下り」の神話全体がある特定の儀式に読誦された式文であって
それにある種の式辞が付け加えられたという解釈がほぼ正しいと考えられます
シュメール神話ではドゥムジはイナンナによって冥界での身代わりとされていますが
アッカド神話では、冥界に身をかくしたタンムーズ神(植物が冬に姿を消すことを示す)
を追って地下会に行ったことをあらわしていると思われます
タンムーズはイシュタルの弟、あるいは配偶者で、冥界の番人ともされています
これはシュメール神話のドゥムジ、正確にはドゥム・ジ・アブノズ(「水(エア)の真の子供」の意)の
なまったものであり、生命を育てる役割を持つ神で、半年は冥界に、半年は地上界で過ごします
半年間地上にいる間は植物が繁茂し、動物が成長しますが
彼が冥界に姿を消すと、すべてが止まり、人間の喜びは悲しみに変わりました
そこで女たちは髪をふりみだし、胸を叩いて涙を流し
タンムーズが再び地上に戻るようお願いするのでした
それはごく古い時代から、春の少し前に行なわれる儀式として
オリエント一帯に広く知られていたに違いありません
旧約聖書のエゼキエル書(八・一四)には「見よ、そこには女たちが座って
タンムズのために泣いていた」という章句があり、その情景をしのばせてくれます
ちなみに前述のタンムーズ神話はギリシアに入ってアドニス神話となりました
アドニスはキュプロス王キニュラスと実の娘ミュラの不倫の子とされ
東方起源であることを暗示していますが
実はアドニスというのはセム語(ここではたぶんフェキニア語)で
「わが王」を意味する「アドニ」あるいは「アドーナイ」がなまったもので
タンムーズを呼びかえするために女たちが涙を流しながら発した叫び声が伝わったものだと思われます
ギリシャ神話によるとアフロディーテー(イシュタルに対応する)が美少年アドニスを愛したが
これをベルセフォネにあずけたことで後に争いが起こり
結局、半年ずつ共に暮らすことにしたといいます
ここにもタンムーズ神話の原型が認められます
なおアドニスは後に森で猪に殺され、その血からアネモネが生じたとされますが
これはタンムーズ信仰の盛んだったレバノンで
春先にアネモネの赤い花が原一面に咲き乱れるところから現れた神話であると思われます
[back]